11月の通信から「保育・子育てのつどいのお話」

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先日、福島市で行われた「福島県保育・子育てのつどい」で、心の残ったお話です。
竹沢清さんのお話から
「子どもの事実に喜び上手な大人になろう」講師は愛知県の元ろう学校の教師で定年退職後は大学で非常勤講師をしている竹沢清さんです。
「教師はサービス業」「愛の反対は無関心」「今、その子のことがわからなくても、わかろうとすること」「もたもたしていると見るのは外からの見方であり、何にたじろいでいるのかなと内面をみれば共感することができて待つことができる」「自分の中に弱さがあるほど、人間をいっそう深く捉えることができる」
保育士や教師、幼児の保護者向けの講演でしたが、人間関係全般に通じるキーワードのように思いました。  
大宮勇雄さんの話から 

同じ集会で、ぜひ聞きたいと思っていた福島大学の大宮勇雄さんのお話です。
幼い子どもから見たら、野に咲く花、葉っぱの色づき、空の色も不思議に思ったり驚きの種になる。子どもにとってそれが初めて出会う社会の原点ではないだろうか。「センス・オブ・ワンダー」の著者レイチエル・カーソンはその自伝に、「子どものころ海岸近くに住んでいて、トビウオの幼魚が群れになって沖に跳んでいくのを見て、感激して涙がとまらなかった」と記している。どの子も大人から見ればどうということのないものに目をとめ、この世界に驚いている。地球上のすばらしいものに出会って自分の人生の生きている意味がだんだんわかっていくではないか。ひとりひとりが感じる心、考える力を豊かに持った存在として子どもを育てたい。今の子どもは気持ちが荒れているとか、キレやすいとか学力が低下しているなどとマスコミでは報道され、大人は子どもの否定的な側面ばかりを見ているのではないか。子どもが見て、感じ、考えていることをすばらしいと思わずに他と比べることばかりに目がいってしまう。子ども達は大人に「もっとわかってよ」と思っているに違いない。たわいのないことに見えても深いものに繋がって言っていることなのに、本当のすばらしさが見えなくなっている。安心感とは自分が肯定的に理解されていると思えること。
 成果主義は人間をずたずたにしていく。「プロセス」「途中」に意味があるのにそこを見ない。センター試験の偏差値に人間の値打ちとしてどれだけの重みがあるのか。今その子に何ができるかが本当に将来に繋がるだろうか。できた、できないではなく、どこに熱意を持ち、まわりに伝えようとしたか。人生の意味、子どもの意味はその子どもの目の輝きが大切。途中を省略したら、人生に何があるのか。途中に意味がある。
大宮勇雄さんは子どもを守るために研究者としていろいろな場で発言をされています。

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