2017年9月の通信から

若者シンポジウム.jpg登校拒否・不登校を考える夏の全国大会2017 in東京
若者シンポジウムから

8月26日・27日に開催された、「夏の全国大会」に参加してきました。今年は若者シンポジウムのシンポジストとして長男が、長野、東京、千葉から参加した3人のメンバーと共に登壇しました。長男は茂木健一郎さんの講演に惹かれて今回の合宿に参加を申し込んでいましたが、現在37歳になりますので、「これが最後だな」と言って出演の依頼を引き受けました。若者シンポジウムは2日間にわたる合宿の最後のプログラムになりましたが、登壇した4人の若者はみな落ち着いた語り口で、司会の方が、「シンポジストのみなさんはリラックスされていて、私一人緊張です。」とお話しされ会場に笑いの渦がおこる一幕もありました。
「不登校をするきっかけは?」の質問に
千葉の前北さんは「学校で白い靴下を履くように言われ、そのことが嫌だったが、それだけではなく、小さな雪だるまが山の上から転がしたらだんだん大きくなるように、違和感が倍々で溜まっていき学校が嫌になった。」
長野の草深さんは、「学校で友達チエックがあり、友達と思う人の名前を紙に書かされた。あとで見せられたら自分が友達と思っていた人が自分の名前を書いてくれてなくて、『俺友達いないじゃん』と思い、その後学校へ行かなくなった。」

学校へ行かなくなって親や周りの反応がどうだったのかは、当事者にとって大きな影響があり、過度に不安がって心配しないことが大事ということは4人のシンポジスト共通のメッセージだったように思います。
「学校で担任から体罰を受けていたが、殴られたら学校へ行かなくなるのは正しいことと自分は思っていて、そのことで自己肯定感はつぶされなかった。自分が学校に行かなくなったことで親が大慌てしたことが、自分をつらくした。教育センターなどに連れていかれ、登校拒否の子どもとカテゴライズされることでつらさが増した。」と言ったのはわが長男でした。当時小学6年の息子が自分なりに対峙していた問題に、親が何とかうまく解決してあげようと(登校させるために)介入を繰り返したことが、つらい状況に追いやっていたことをあらためて思い知らされました。
「ハッピー不登校ライフを送った。」と語る草深さんは「親が多趣味で自分の周りには面白い大人がたくさんいた。楽しそうに働いている面白いおじさんおばさんに出会ったことで得たものが今の自分をつくっている。」と語りました。東京の米田さんは「小学校始まって以来の不登校と言われたり、学校へ行かずに生きている大人には出会っていなかったこともあり、将来への不安があり葛藤はあったが、興味のあることをやってきてそれを両親がサポートしてくれた。たとえ完成にいたらなくても、自由な発想で取り組むプロセスやアプローチが楽しかった。不登校をして自分でものを考える時間があったことや、いろんな年齢層の人に会えたことで、ほかの人も苦しんいるんだなと気づくことがあり、自分で受け止める力がついた。」と語りました。
前北さんは「今の自分を丸ごと受け入れてくれ、きっとどうにかなると伝えてくれたら、根拠はなくても自信を持つことができる。その時の一歩を大事にしてあげる。成功しても失敗しても進んでいく。はてしないことを言っても、現実的なことを言っても同じ目線で見守ってほしい。子どもの育ちや学びがどこにいてもできる社会にしたい。」と語りました。
出演者はみな30代の方々で、それぞれに苦しみや葛藤のある10代、20代を過ごしてきたことと思いますが「未来に縛られず今を大事に生きることで、道は自分の後ろにできる」という実感からの言葉に、60代の私も深く頷いたことでした。
                            

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